鉄筋コンクリート構造において、A級継手は高い性能が求められる部位に用いられる鉄筋の継手です。本記事では、A級継手の概要、法的根拠、主要な継手工法、および品質管理上の留意点を解説します。
1. A級継手とは
A級継手とは、建築物の安全性を確保するため、鉄筋の継手部分に特定の性能が求められるものです。
■ 定義と特徴
- 強度と剛性:継手がない部分の鉄筋(母材)と同等以上の強度と剛性を持つことが求められます。
- 靭性(じんせい):母材に比べてやや劣ると定義されています。これは、材料の粘り強さや変形能力を示す指標です。A級継手は構造上問題のない範囲で許容されます。
- 適用範囲:主筋の継手として有効な等級であり、応力が大きい部分への使用も認められますが、その適用には設計監理者の承認が必要です。
■ 主な工法
A級継手として認められる代表的な工法は以下の通りです。
- 溶接継手:鉄筋の端面同士を溶接して接合する方法です。特にエンクローズ溶接などが該当します。
- 機械式継手:専用のカプラ(スリーブ)を使用して鉄筋同士を機械的に接合する方法です(ネジ式、グラウト充填式など)。
- ガス圧接継手:鉄筋の端面同士を加熱・加圧して接合する方法です。
■ なぜA級継手が必要か?
地震時などに建物に大きな力が作用する際、鉄筋が途中で切断されると倒壊につながる可能性があります。A級継手は、継手部分が母材と同等以上の強度を保ち、構造物全体の安全性を確保するために不可欠な性能基準です。
2. A級継手の法的根拠
A級継手には明確な法的根拠があり、主に以下の法令や基準によってその定義と性能が定められています。ただし、A級の認定機関等の定めはありません。
■ 主要な法的根拠
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建築基準法・建築基準法施行令:
- 第73条(鉄筋コンクリート造の構造耐力上の基準):鉄筋の継手に関する規定があり、「引張力又は圧縮力を有効に伝えるものとし、その構造方法及び位置は、国土交通大臣が定めるものによらなければならない」とされています。
- 第79条の4(免震建築物の構造耐力上の基準の特例):免震建築物にも同様の基準が適用されます。
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国土交通大臣告示第1463号:
- 正式名称は「建築基準法施行令第73条第1項の規定に基づき、鉄筋の継手の構造方法及び位置を定める件」。
- A級継手の具体的な性能を定めている最も重要な法的根拠であり、引張試験における降伏強度や引張強度が母材の規格値以上であることなどが求められます。
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JASS5鉄筋コンクリート工事(日本建築学会):
- 建築基準法に基づく技術基準ではありませんが、国土交通大臣告示の具体的な適用指針として広く参照される「業界標準」です。具体的な施工方法、品質管理、検査方法が詳細に記述されています。
3. 溶接継手の種類:オープンシールドとクローズドシールド
鉄筋の溶接継手における「オープンシールド」と「クローズドシールド」は、主に溶接部を大気から保護する方法に違いがあります。
■ クローズドシールド溶接 (Closed Shield Welding)
溶接部がほぼ密閉された空間をシールドガスで保護しながら大気から遮断し、溶接を行う方式です。エンクローズ溶接が代表例です。
- シールド方法:専用の治具で密閉し、外部からシールドガス(CO2など)を供給して保護。
- 特徴:風の影響をほぼ受けない(風速7m/sec.程度)、専用の設備が必要。
- 適用:高い耐震性や信頼性が求められる重要構造物の鉄筋継手、A級継手性能が要求される箇所。
■ オープンシールド溶接 (Open Shield Welding)
溶接部が基本的に大気に開放された状態で溶接を行う方式です。エンクローズ溶接と呼ばれることもありますが区別されます。
- シールド方法:溶接トーチ先端より炭酸ガスを流出させてシールドします。
- 特徴:市販の溶接装置で簡便ですが、風の影響を受けやすく(風速2m/sec.程度)、品質安定性はクローズドシールドに劣る傾向があります。
■ エンクローズ溶接と一般的な突合せ溶接の比較
エンクローズ溶接は突合せ溶接の一種ですが、専用治具で密閉することで、より安定した品質を確保します。
項目 | エンクローズ溶接 | 突合せ溶接(一般的なもの) |
---|---|---|
品質 | A級継手 | A級継手 |
環境影響 | 専用治具による囲い込みにより、風の影響を受けにくい | 天候の影響を受けやすく、別途環境整備が必要となる場合がある |
工程管理 | 環境影響が考慮されており、工程管理が容易 | 環境影響を受けやすいことから、工程に影響が出やすい |
コスト | 工法による | 工法による |
技術 | 熟練した溶接士の技量・知識が不可欠 | 熟練した溶接士の技量・経験が不可欠 |
4. 品質管理上の問題点
A級継手としての性能を確保するためには、各工法に応じた厳格な品質管理が不可欠です。
■ エンクローズ溶接における品質管理上の問題点
溶接プロセス特有のデリケートさから生じる問題点があります。
- 溶接条件の適正管理の難しさ:電流、電圧、溶接速度、シールドガス流量などのパラメータがずれると、溶け込み不良やブローホールなどの欠陥が発生しやすくなります。
- 鉄筋端面の前処理の徹底:油、コンクリート、水分などが残っていると欠陥の原因となります。
- 溶接作業者の技量依存:技量不足は品質不良に直結します。
- 溶接後の内部欠陥の確認:内部欠陥は目視では確認できず、超音波探傷検査(UT)などの非破壊検査が必要です。
- 熱影響部(HAZ)の管理:溶接熱による鉄筋の組織変化や硬化が性能に影響を与える可能性があります。
5. 鉄筋継手性能判定基準A級について
鉄筋継手性能基準A級は、鉄筋コンクリート構造物の鉄筋継手において、その性能が母材鉄筋に準ずるレベルであることを示す基準です。特に、強度と剛性において母材鉄筋と同等であると評価されますが、靭性(伸び能力)に関しては母材鉄筋よりやや劣るとされています。 この「A級継手」の性能判定は、複数の機関や協会によって行われていますが、性能判定機関による基準そのものに大きな違いがあるわけではありません。共通して、国土交通省の告示(平成12年建設省告示第1463号など)や、日本建築学会の「鉄筋コンクリート造配筋指針」、土木学会の「鉄筋定着・継手指針」といった公的な基準や指針に基づいています。 しかし、判定を行う機関の役割や、対象とする工法、審査のプロセス、認定制度の有無には違いがあります。
主な性能判定機関・団体とそれぞれの特徴は以下の通りです。
■ 一般社団法人 エンクローズ溶接協会 (ENA)
- エンクローズ溶接工法に特化した協会で、工法の認定やA級継手施工会社の認定を行っています。
- 「鉄筋溶接継手工法認定要綱」を定め、その工法が「鉄筋継手性能判定基準(2015年版建築物の構造関係技術基準解説書)」のA級継手性能を有することを確認するための審査・評価を行っています。
■ 一般財団法人 日本建築センター (BCJ)
- 建築分野における建築技術性能評定を行っており、鉄筋継手のA級性能に関する評定も行っています。
- 特定の工法や製品に対して性能評価を行い、その技術がA級継手として適切であることを証明します。
- BCJの評定は、建築基準法に基づく大臣認定や、個別物件の審査において活用されることが多いです。
■ 一般財団法人 日本建築総合試験所 (GBRC)
- 建築技術性能認証や性能証明を行っており、こちらも鉄筋継手に関するA級性能の評価・証明を行っています。
- BCJと同様に、特定の工法や製品がA級継手性能基準を満たしていることを客観的に評価します。
■ 公益社団法人 日本鉄筋継手協会 (JRJI)
- ガス圧接継手を主とする鉄筋継手全般の普及と品質向上を目的とした団体です。
- 特にガス圧接継手において、A級継手圧接施工会社の認定制度を設けており、施工管理体制や作業員の技量についても審査・認定を行っています。
- 「標準仕様書」や「試験方法及び判定基準」を定めており、それに基づいて性能評価を行います。
■ 一般社団法人 CB工法協会
- CB工法(鉄筋溶接継手の一種)に特化した協会で、CB工法協会がA級継手であることの性能確認試験を行い、会員にその実施権を与えています。
■ 性能判定機関による違いのまとめ
- 基準そのものの大きな違いはなし:いずれの機関も、国土交通省告示や学会指針など、国の定めた共通の「A級継手性能判定基準」に基づいて評価を行います。つまり、A級と判定される性能レベルは共通です。
- 対象工法・製品の違い:各機関や協会には、得意とする工法(機械式、ガス圧接、特定の溶接継手など)や、評価対象とする製品・技術に専門性があります。
- 審査・認定のプロセス:各機関が定める審査手続き、必要書類、試験方法、認定制度の有無やその運用方法は異なります。例えば、協会によっては施工会社自体を認定する制度を持つ場合もあります。
したがって、継手性能基準A級の性能要件自体に判定機関による違いはありませんが、どの機関が、どの工法や製品に対して、どのようなプロセスでA級と判定・認定しているかに違いがある、というのが正確な理解です。